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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)74号 判決 1998年7月16日

アメリカ合衆国 メリーランド州 20817

ベセスダロック スプリング ドライブ 65607

原告

コムサット コーポレーション

代表者

ナンシー イー ウィーバー

訴訟代理人弁護士

中村稔

熊倉禎男

辻居幸一

田中伸一郎

宮垣聡

弁理士 西島孝喜

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

村井誠次

緒方壽彦

吉村宅衛

廣田米男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成4年審判第19507事件について平成7年11月21日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2の項と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年11月19日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、発明の名称を「加入衛星テレビジョン暗号化用防護装置」(後に「通信方式」と補正。)とする発明につき、昭和57年11月19日を国際出願日として、昭和58年7月19日に特許出願(昭和58年特許願第500335号)をしたところ、平成4年6月29日付で拒絶査定を受けたので、同年10月20日に審判を請求し、平成4年審判第19507号事件として審理された結果、平成7年11月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、平成8年1月10日、その謄本の送達を受けた。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  本願の特許請求の範囲18の項に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

送信機及び受信機を含む通信方式に於いて使用される送信機であって、

プログラム情報を示すプログラム信号を供給するプログラム源(22)、

少なくとも毎分数回変化する第1シーケンスの数を示す第1シーケンスの信号を発生する第1発生器手段(20)、

所定周期で変化するキー数を示すキー数信号を供給するキー数手段(14)、

少なくとも前記プログラム信号を暗号化するために前記第1シーケンスの信号に応答する第1の暗号化手段(18、24)、

暗号化された第1信号シーケンスを供給するために前記キー数信号により前記第1シーケンスの信号を暗号化する第2の暗号化手段(28)、

前記暗号化されたプログラム信号及び前記暗号化された第1信号シーケンスを送信する送信手段(26)とから成る送信機。(別紙図面1参照)

3  審決の理由

審決の理由は、別添審決書の「理由」の写のとおりである(なお、引用例1記載の発明については別紙図面2、引用例2記載の発明については別紙図面3を各参照)。

4  審決の取消事由

審決の理由Ⅰ、Ⅱは認める。同Ⅲの1、2は認め、3のうち、本願発明と引用例1記載の発明とが<1>ないし<3>の3点で相違することは認めるが、相違点が上記3点にすぎないことは争う。同Ⅳの1の(1)のうち、引用例2の記載<3>にテレビジョン信号を暗号化するに際して暗号化符号の使用が開示されていることは認め、その余は否認する。同Ⅳの1の(2)のうち、引用例2に<2>の記載があることは認め、その余は争う。同Ⅳの1の(3)は争う。同Ⅳの2、同Ⅴは争う。

審決は、相違点<1>ないし<3>の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点<1>の判断の誤り)

ア 相違点<1>は、本願発明では、プログラム信号の暗号化に用いられる第1シーケンスの信号が少なくとも毎分数回という高い頻度で変更されているのに対し、引用例1では、プログラム信号の暗号化に用いられるコード信号の変更はされていない点である。引用例1には、プログラム信号の暗号化に用いられるコード信号(第1シーケンスの信号)を変更するという構成は一切開示されていない。

この点に関して、被告は、昭和55年特許出願公開第114088号公報(以下「乙第1号証刊行物」という。)、昭和55年特許出願公開第114055号公報(以下「乙第2号証刊行物」という。)、昭和55年特許出願公開第68782号公報(以下「乙第3号証刊行物」という。)を提出し、第1シーケンスの信号を毎分数回の頻度でプログラム信号の暗号化に用いられるコード信号を変更することは常套の手段である旨主張する。

しかし、乙第1ないし第3号証刊行物は、審判段階で提出していなかった証拠であり、これを本訴において新たに提出することは許されない。

イ 審決は、「テレビジョン信号を暗号化するに際しての暗号化符号の使用は、引用例2に開示されている・・・から、このような暗号化符号を引用例1記載のものにおけるコード信号(第1シーケンスの信号)として適宜採用することは、当業者が容易になし得た」旨認定したが、これは誤りである。

第1シーケンスの信号を高い頻度で変更すれば、非加入者による解読は困難になるものの、正規の加入者の視聴を可能にするために、変更後の第1シーケンスの信号を知らせなければならないから、過分のコストを要すると共に、加入者を煩わせることになる。そこで、第1シーケンスの信号をプログラム信号と同時に送信すれば、かかる変更後の第1シーケンスの信号を正規の加入者に対し別途知らせる必要がなくなり、過分のコスト及び加入者の煩わしさの問題が解消される。

ところが、第1シーケンスの信号をそのままの状態でプログラム信号と同時に送信すれば、これを受信した非加入者によって、暗号化されたプログラム信号を容易に解読されてしまう。また、従来のように、各加入者毎のID番号で第1シーケンスの信号を暗号化したのでは、プログラム信号と同時送信される第1シーケンスの信号の量が多くなり、プログラム信号の受信から解読までに長時間を要することになる。

そこで、第1シーケンスの信号を、全加入者に共通のキー数信号で暗号化すれば、第1シーケンスの信号をプログラム信号と共に送信することが可能となり、安全性と経済性の双方が満たされる。

しかも、第1シーケンスの信号の暗号化に用いるキー数信号も周期的に変更することで、安全性を一層向上させると共に、新たなキー数信号を加入者に知らせる際に確実に料金を徴収することができるのである。

しかしながら、このような技術的課題については、引用例1はもとより、引用例2には全く開示ないし示唆されていない。したがって、本願発明において、プログラム信号の暗号化が用いられる第1シーケンスの信号を少なくとも毎分数回という高い頻度で変更することは、当業者が容易にし得たものではない。

ウ そもそも、第1シーケンスの信号を頻繁に変更しながら、更にキー数信号も所定周期で変更するとの構成を採用すること自体が、当業者にとって、決して容易に想到し得るものではない。また、キー数信号を所定周期で、例えば毎月変更する構成を採用したことの効果としては、単に、加入者の料金支払義務を確保できることに止まらず、第1シーケンスの信号が頻繁に変更されることと相まって、暗号の安全性を飛躍的に高めている点も看過してはならない。

(2)  取消事由2(相違点<2>の判断の誤り)

ア 相違点<2>は、本願発明では、第2暗号化手段において、第1シーケンスの信号の暗号化に、所定の周期で変化するキー数信号が用いられている点である。

被告は、審決は、本願発明でいう上記キー数信号は第1暗号化手段(プログラム信号の暗号化手段)でも使用される暗号化のためのキー信号であって、このようなキー信号の使用においては引用例1記載の発明と変わりがないとして、このようなキー信号が所定の周期で変更されるものであるか否かを相違点<2>において取り上げ、上記のようなキー信号を機密保持のために所定周期で変更することが周知であることから、このような変更が格別のものでないと判断していると主張する。

しかし、第1暗号化手段におけるキー信号を周期的に変更することが本出願当時周知であったと認めるに足りる証拠はない。

イ また、プログラム信号を暗号化する第1暗号化手段で用いられるキー信号が所定の周期で変更されたとしても、引用例2には第2暗号化手段において用いられるキー数信号が周期的に変更されることの開示はなく、引用例1記載の発明には第2暗号化手段自体が存在しないから、本願発明の第2暗号化手段において、第1シーケンスの信号の暗号化に用いられるキー数信号を所定の周期で変更することが示唆されるものではない。

(3)  取消事由3(相違点<3>の判断の誤り)

ア 相違点<3>について、審決は、引用例1記載のものにおいて、「第1シーケンスの信号(コード信号)自体を暗号化する第2の暗号化手段を設け、暗号化されたプログラム信号と共に送信される第1シーケンスの信号も暗号化されたもの・・・となし得ることは、引用例2の前記<2>(判決注・審決6頁1行ないし7行)、<3>(判決注・同8行ないし14行)の記載、及び第8図の図示態様・・・から当業者に明らか」とした。

しかし、頻繁に変化する第1シーケンスの信号を暗号化することが引用例2から明らかであるといえるためには、引用例2記載の発明において第1シーケンスの信号を暗号化するための暗号化キーが、全加入者に共通であることが必要である。そうでなければ、各加入者毎に異なる暗号化キーで暗号化した多数の第1シーケンスの信号をプログラム信号と同時に送信することは不可能であり、郵送等の方法によらざるを得ないことになるが、そうなると、第1シーケンスの信号を毎分数回という頻度で変更することはできない。しかるに、引用例2には、第1シーケンスの信号を暗号化する暗号化キーが全加入者に共通であることにつき開示も示唆もないのであるから、頻繁に変化する第1シーケンスの信号を暗号化することが引用例2から明らかであるとはいえない。

イ また、本願発明の特徴は、頻繁に変化するものである第1シーケンスの信号を暗号化するキー数信号を更に変化させる(変更周期の異なる2つの暗号化キーを使用する)ことで解読を一層困難にしている点にある。そして、このような技術的思想は、引用例1、2のいずれにも開示もしくは示唆されておらず、したがって、その効果も、当然予測される程度のものとはいえない。

ウ 審決には、本願発明と公知技術ないし周知技術との対比の方法自体に根本的な誤りが存する。すなわち、審決は、本願発明に係る全体の装置において、これを構成する個々の信号ないし暗号化手段が公知ないし周知であったか否かを問題にし、本願発明の進歩性を否定するものであるが、本願発明においては、このような個々の信号ないし暗号化手段はそれぞれ一定の目的を有し、これらを有機的に結合して安全性及び経済性の高い装置を提供するものである。したがって、たとえ、個々の信号ないし暗号化手段自体が公知ないし周知であったとしても、その個々の信号ないし暗号化手段の目的が本願発明における目的と同一でない以上、また、かかる信号ないし暗号化手段が本願発明と同様に他の信号ないし暗号化手段と有機的に結合されることが公知ないし周知でない以上、本願発明の構成に想到することはできない。よって、審決のように、断片的対比によって本願発明の進歩性を否定することは誤りである。

第3  審決に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

ア<1> 原告は、引用例1には、プログラム信号の暗号化に用いられるコード信号を変更するという構成は一切開示されていないと主張する。しかし、テレビジョン信号等のプログラム信号の暗号化技術において、暗号化に用いられるコード信号をプログラム信号の撹乱に必要な頻度で変更することは常套の一手法である。

すなわち、乙第1号証刊行物には、テレビジョン信号の符号化(暗号化)に関し(1頁左下欄12行ないし15行)、ランダム信号発生器を用い、その発生するランダム信号に応答して同期パルスのレベルを変えること(特許請求の範囲)、上記ランダム信号発生器は、フィールド周期の入力パルスを受けるとランダム2進数を発生するものであること(2頁右下欄6行ないし10行)が、乙第2号証刊行物には、有料テレビジョンシステム等における情報の符号化(暗号化)技術において(1頁左下欄14行ないし右下欄2行)、情報信号に従って2つの異なるチャンネル内の搬送波が変調され、これら変調された搬送波が、ランダムデータ発生器によって順番に結合されること(特許請求の範囲)、このようにすることで、搬送信号(上記情報信号で変調された搬送波)の周波数はランダムデータ信号に従ってランダムに変化することになるが、その変化は1ヘルツから50ヘルツの範囲、特に3ヘルツから10ヘルツの範囲内で変化する周波数を有するのが好ましいこと(2頁右下欄13行ないし18行)が、乙第3号証刊行物には、無線式の有料テレビジョン放送の映像暗号処理方式において(1頁左下欄16行ないし右下欄4行)、フィールド内の任意のY信号(輝度信号)のレベル反転が行われ、各フィールドの映像信号のうち、どのY信号を反転するかは、例えば24ビットのバイナリー・コード信号に従って決定されること(2頁右上欄16行ないし左下欄13行)がそれぞれ記載されており、これらの記載は、いずれもテレビジョン信号等のプログラム信号の暗号化に際し、暗号化に用いられるコード信号をプログラム信号の撹乱に必要な頻度で変更することを示している。

そして、上記コード信号の変更がされる頻度は、例えば1フィールド毎、つまり、毎秒60回(乙第1、第3号証刊行物)あるいは1~50ヘルツ、つまり、毎秒1~50回(乙第2号証刊行物)というように高い頻度といえるものである。

ちなみに、引用例2でも、コード信号(ビデオ信号の各部分の送信順序を配列替えするコード信号)をランダムに変化するものとできる旨の記載がされており(8頁5行ないし12行)、このようなランダムな変化がされる場合、引用例2記載の発明のコード信号も、乙各号証刊行物のものと同様、高い頻度で変更されるものといえる。

<2> 引用例1には、上記コード信号につき、その変更がされることの明示はない。しかし、上記コード信号は、テレビジョン信号の暗号化に用いられているのであるから、特段の断りがない限り、上記常套の手法におけると同様、テレビジョン信号の撹乱に必要な高い頻度で変更されるものでよいと解することができ、原告が主張するような、上記変更がされないものに特定されているものではない。このことは、引用例1の上記コード信号が、暗号化テレビジョン信号と共に、その解読のために受信側に送信されていることからも窺われる。すなわち、上記コード信号の変更がされない(コード信号が予め定まっている)のであれば、コード信号自体を特に送信しなくとも、受信側で上記の定まっているコード信号を用いることで暗号化テレビジョン信号の解読が十分可能なことは明らかである。

<3> したがって、引用例1では、上記コード信号の変更はされていないとする原告の主張は誤りである。

イ 審決は、引用例1のコード信号が高い頻度で変更され得るものであることを当然の前提として、該コード信号が本願発明の第1シーケンスの信号に相当すると認定するものであり、ただ、本願発明では、上記変更の頻度が「少なくとも毎分数回変化する」と規定されるので、この点を相違点<1>で取り上げ、このような変更の頻度の規定は設計上適宜選定されるべき性質のものであるとしているのであって、その認定判断に誤りはない。

ウ 原告は、引用例1では、コード信号の変更はされていないとの上記主張を前提に、審決の「テレビジョン信号を暗号化するに際しての暗号化符号の使用は、引用例2に開示されている・・・から、このような暗号化符号を引用例1記載のものにおけるコード信号(第1シーケンスの信号)として適宜採用することは、当業者が容易になし得た」との認定を誤りであると主張する。しかし、審決の上記認定は、数値により示される暗号化符号の使用の容易性を論ずるもので、上記コード信号の変更がされているか否かとは関係がない。そして、数値により示される暗号化符号の使用は、審決認定のとおり引用例2に示されており、それを引用例1に適宜採用することが容易に適宜なし得たというべきであるから、審決の認定判断に誤りはない。

ェ 原告は、本願発明で第1シーケンスの信号が高い頻度で変更されていることは、これを更に暗号化するキー数信号との関連で顕著な効果を奏し、想到困難であるとの趣旨の主張をする。しかし、原告の主張する本願発明の効果は格別のものとはいえない。

(2)  取消事由2について

ア 審決は、本願発明でいう上記キー数信号は第1暗号化手段(プログラム信号の暗号化手段)でも使用される暗号化のためのキー信号であって、このようなキー信号の使用においては引用例1記載の発明と変わりがないとして、このようなキー信号が所定の周期で変更されるものであるか否かを相違点<2>において取り上げ、上記のようなキー信号を機密保持のために所定周期で変更することが周知であることから、このような変更が格別のものでないと判断しているものである。

原告は、第1暗号化手段におけるキー信号を周期的に変更することが周知であったと認めるに足りる証拠はないと主張する。しかし、審決でも、引用例2を例示しているほか、乙第3号証刊行物にも、テレビジョン信号を暗号化するバイナリー・コード信号に関し、「バイナリー・コード信号の内容は安全性を確保するため定期的に変更され、正規の加入者には電話回線等によりそれを解読するためのキー・コード信号が予め連絡される。」(2頁左下欄17行ないし右下欄1行)と記載されているから、原告の主張は失当である。

イ また、原告は、プログラム信号を暗号化する第1暗号化手段で用いられるキー信号が所定の周期で変更されたとしても、引用例2には第2暗号化手段において用いられるキー数信号が周期的に変更されることの開示はなく、引用例1記載の発明には第2暗号化手段自体が存在しないから、本願発明の第2暗号化手段において、第1シーケンスの信号の暗号化に用いられるキー数信号を所定の周期で変更することが示唆されるものではないと主張する。しかし、審決は、第2暗号化手段については、相違点<3>で判断しているから、原告の主張は失当である。

(3)  取消事由3について

原告は、本願発明の特徴は、頻繁に変化するものである第1シーケンスの信号を暗号化するキー数信号を更に変化させる(変更周期の異なる2つの暗号化キーを使用する)ことで解読を一層困難にしている点にあるとし、このような技術的思想は、引用例1、2のいずれにも開示もしくは示唆されておらず、したがって、その効果も、当然予測される程度のものとはいえない旨主張する。

しかし、第1シーケンスの信号を頻繁に変化するものとすることは、テレビジョン信号等のプログラム信号の暗号化技術における常套の一手法であり、第1シーケンスの信号の暗号化を開示する引用例2記載の発明でも、第1シーケンスの信号(エンコーダ制御回路112の出力符号)を頻繁に変化するものとすることは、前記(1)において主張したとおり、十分予定されているところである。また、プログラム信号の暗号化に用いられる引用例1のキー信号は、受信側での解読のために別途受信側に知らされるものであり、かつ、このようなキー信号(キー数を示すものとした場合にはキー数信号)を機密保持の点から所定周期(例えば月一回程度)で変更することは周知の事項であって、引用例1記載の発明のキー信号についても適宜このような変更をし得るものである。

上記の暗号化技術に関する本出願当時の技術水準及び引用例1、2記載の発明の技術内容を踏まえると、頻繁に変化する第1シーケンスの信号に対して暗号化を行うことは、引用例2の開示自体によって十分示唆されていることであり、また、その暗号化に際し、受信側での解読の便を考慮し、暗号化のキーとして、受信側に通知されているプログラム信号のキー信号を共用する(別の暗号化キーの通知や使用を不要とする)ことは当業者に容易に想到される程度のことである。また、このような共用により、上記キー信号が所定周期で変更される場合、暗号化された第1シーケンスの信号の解読も一層困難なものとなることは、上記キー信号の変更の本来の効果から明らかなことである。

したがって、原告主張の上記本願発明の特徴点が当業者に想到困難な格別のものとは認められない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  成立に争いのない甲第2号証の本願明細書の翻訳文及び図面の翻訳文並びに甲第3号証(平成7年4月11日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明を含む本願に係る発明について、次のとおり記載されていることが認められる。

1  本願に係る発明は、テレビジョン信号伝送の機密性に関し、詳言すれば、テレビジョン信号の防御に関するものである。(本願明細書の翻訳文1頁4行ないし6行)

加入衛星テレビジョン(SSTV)方式は非公認受信に対して確かに弱みがあり、そしてそれゆえ有効な防御技術が非常に望まれる。SSTV方式用防護補助装置の目的は分配者の営業利益を保護することであり、かつ、したがって、以下の目的が達成されるべきである。

(1)  非加入者が、通常の家庭用テレビセットを使用することにより、明白な映像及び音声信号を受信するのを阻止すること。

(2)  義務を怠る加入者が、SSTVデコーダを使用して、明白な映像及び音声信号を受信するのを阻止すること。

(3)  正当な加入者が、加入していないSSTVチャンネル又はプログラムの明白な映像及び音声信号を受信するのを阻止すること。

(4)  平均的な技術者が、受容し得る品質の映像及び音声信号を得ることができる所有の受像機を作るのを阻止すること。

(5)  小規模の非公認の営利会社が、SSTVチャンネルから受容し得る品質の映像及び音声信号を受信して映し出すことができる装置を製造して市販するのを阻止すること。

(6)  正当な加入者に、高品質の映像及び音声信号を加入チャンネル又はプログラムから受信させ、かつ、映し出させしめること。

また、上記目的を高くないコストで達成できることが非常に望ましい。(同2頁3行ないし3頁3行)

2  本発明の目的は、上述した目的(1)~(6)のすべてが達成される加入テレビジョン方式用防護補助装置を提供することにある。本発明の更に他の目的は、コスト及び複雑さを最小にするかかる防護補助装置を提供することにある。これら及び他の目的は、映像信号の暗号化及び解読に関して暗号技術を使用することによって、本発明により達成される。(同4頁5行ないし12行)

本願の特許請求の範囲18の項の記載は、本願発明の要旨のとおりである(上記手続補正書8頁2行ないし12行)

3  発明を実施するための最良の形態

図面は、本発明によるSSTV防護装置の機能的ブロック図を示す。(本願明細書の翻訳文6頁3行ないし5行)

コンピュータ内には、レジスタ14又は規則的な根拠、例えば月毎に変化されるキーを含んでいる同等物がある。この「その月のキー」を各現行の加入者に送る用意に、キーはその特定の現行の加入者に唯一のユーザーIDコードにより暗号化装置16で暗号化され、そして、暗号化キーは次いで加入者に送られる。送信機は、偽乱数(PN)シーケンス発生器18及び乱数発生器20を含んでいる。該乱数発生器20は、新たな乱数を、例えば毎秒1つを周期的に発生し、そして、乱数発生器20及びキーレジスタ14の出力は組み合わされ、かつ、従来技術において公知の方法でPNシーケンス発生器18を周期的にリセットするか、又は「シード(seed)」するようにPNシーケンス発生器18に付加される。シーケンス発生器の各シーディング(seeding)は、PNシーケンスの新たな分割(セグメント)を始める。供給源22からのプログラム信号は、発生器18からの分割されたPNシーケンスにより暗号化される信号処理装置24に供給される。(同6頁10行ないし7頁3行)

暗号化(インクリプト又はスクランブル)された信号は、種々の加入者受信機へのリンク100を介して伝送用送信機26に供給される。発生器20からの乱数は、暗号装置(encipherer)28においてその月のキーにより暗号化され、かつ、暗号化された乱数は、リンク100を介して、暗号化された映像信号と共に送信される。(同7頁5行ないし12行)

4  上述した防護装置は、分けられた偽乱数(PN)シーケンスを発生し、かつ、同期させる新規の技術及び安全なキー分配方法を提供する。(同8頁13行ないし15行)

いかなる者も、解読装置によってか、又はそれによらず受信されたプログラム信号を現在のキーの正確な知識なくしては、解読することができない。(同8頁22行ないし25行)

第3  審決の取消事由について判断する。

1  取消事由1について

(1)  本願発明の「第1シーケンスの信号」が、「少なくとも毎分数回変化する第1シーケンスの数を示す」ものである点を別にすれば、引用例1記載の発明のコード信号発生器CGが発生する「コード信号」に相当することは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第4号証(引用例1)によれば、引用例1には、上記コード信号が周期的に変化する旨の記載はないことが認められる。

(2)ア  成立に争いのない乙第1号証(乙第1号証刊行物)によれば、乙第1号証刊行物には、「この発明は、テレビジョン信号の符号化・・・に関するものである。」(1頁左下欄12行ないし15行)、「複合ビデオ信号はかくして2通りの方法で符号化される。垂直同期直流レベルはシフト回路53によってランダムにシフトされ、ビデオ情報の或るライングループは、各フィールドに対してランダム数発生器22で発生されたランダム数に従って、その極性が逆転される。」(4頁右上欄末行ないし左下欄5行)、「フィールド積分器15により発生されたフィールド周波数のパルスはランダム数発生器22に加えられる。ランダム発生器22は、入力パルスを受けるとランダム2進数を並列出力ラインに発生する」(2頁右下欄6行ないし10行)、「ランダム数は新たに各フィールドに対して発生されるので、ライングループ・パターンの変化は普通50または60サイクルで起きる。」(4頁左下欄15行ないし18行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例1記載の発明の前記コード信号に相当する乙第1号証刊行物記載の発明のランダム信号は、普通、毎秒50又は60回の割合で変化することが認められる。

イ  成立に争いのない乙第2号証(乙第2号証刊行物)によれば、乙第2号証刊行物には、「この発明は、伝送する情報の符号化に関するものである。情報の符号化は、情報を或る特定の人だけ・・・が受信できるようにしたい場合に必要である。有料テレビジョンシステムはこのような情報の符号化を行って・・・いる。」(1頁左下欄14行ないし右下欄2行)、「特許請求の範囲 夫々異なるチャネルで作動する少なくとも2つの変調器と、この変調器の出力を結合する装置と、そのチャネル内の搬送波を情報信号に従って変調する変調器に情報信号を加える装置と、結合装置に、順番に各変調器よりの前記の情報で変調された搬送波を受信させるランダムデータ発生器とより成ることを特徴とする情報の符号化装置。」(1頁左下欄4行ないし12行)、「変調器15と16は、異なる周波数の搬送信号を与える夫々の発振器17と18に接続される。」(2頁左下欄末行ないし右下欄1行)、「搬送信号の周波数は、端子12のランダムデータ信号に従ってランダムに変化する。ランダムデータ信号は、1ヘルツから50ヘルツの範囲、特に3ヘルツから10ヘルツの範囲内で変化する周波数を有するのが好ましい。」(2頁右下欄13行ないし18行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例1記載の発明の前記コード信号に相当する乙第2号証刊行物記載の発明のランダムデータ信号は、毎秒1ないし50回の割合で変化することが認められる。

ウ  成立に争いのない乙第3号証(乙第3号証刊行物)によれば、乙第3号証刊行物には、「無線式の有料テレビジョン放送に使用されるエンコーダ及びデコーダを含む映像暗号処理方式」(1頁右下欄2行ないし4行)、「第3図は、本発明の映像暗号処理方式によるテレビ信号の一例を示す。本発明の映像暗号処理方式に於いては、フィールド内の任意のY信号(判決注・輝度信号Yを指す。)がグレー・レベルGLを基準として反転される。・・・各フィールドの映像信号のうちどのY信号が反転されるかは、バイナリー・コード信号CS・・・の内容に従う。

バイナリー・コード信号は、・・・テレビ信号の垂直帰線消去期間から等化期間及び垂直同期期間を含む期間Bを除いて空いている期間(11H)のうちの約半分(6H)に重畳される。」(2頁右上欄16行ないし左下欄8行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、乙第3号証刊行物記載の発明のバイナリー・コード信号は垂直帰線消去期間ごとに存在し、各フィールドごとに、どの輝度信号を反転させて映像を暗号化するかを決定していることが認められるところ、テレビジョン信号の垂直帰線消去期間が1秒間に60回存在することは当裁判所に顕著であるから、上記バイナリー・コード信号は、毎秒60回変化するものと認められる。

エ  以上の事実によれば、テレビジョン信号等のプログラム信号の暗号化技術において、暗号化に用いられるコード信号をプログラム信号の撹乱に必要な頻度で、例えば1秒間に1ないし数十回変更する技術は、本出願当時には当業者の技術常識となっていたことが認められる。なお、乙第1ないし第3号証刊行物はいずれも昭和55年の特許出願公開公報であるが、前掲甲第2、第4号証、乙第1ないし第3号証によれば、乙第1ないし第3号証刊行物記載の発明及び本願発明の属する加入者テレビジョンの技術分野は、昭和55年ころから本出願当時にかけて将来性が着目され、ますます普及し、注目されていたものであったことが認められ、上記事実によれば上記技術は本出願時には技術常識となっていたと認められるものである。

(3)  前掲甲第4号証によれば、引用例1に、「エンコードTV信号に、該信号の受信側での解読データとして機能する、エンコード制御回路ECから出力されるコード信号を付加する。次いで・・・コード信号が付加されたエンコードTV信号は、送信機TRを介して送信される。」(2頁右上欄末行ないし左下欄6行)との記載があることが認められる。そして、コード信号の変更がされない(コード信号が予め定まっている)のであれば、コード信号自体を特に送信しなくとも、受信側で上記の定まっているコード信号を用いることで暗号化テレビジョン信号の解読が十分可能であることを考慮すれば、引用例1に接した当業者は、引用例1記載の発明のコード信号も、上記技術常識により、テレビジョン信号の撹乱に必要な高い頻度で、例えば1秒間に1ないし数十回変更されるものでよいと理解したものと解される。

なお、本願発明における第1シーケンスの信号の変化の頻度は、「少なくとも毎分数回」であるけれども、前記第2の認定事実によれば、本願発明において、第1シーケンスの信号を上記のように変化させるのは、テレビジョン信号を撹乱して非加入者による解読を困難にするためであること及び本願発明を実施する最良の形態において、上記第1シーケンスの信号は1秒間に1回変化するものとされていることが認められ、以上の事実によれば、1秒間に1ないし数十回の変更も、本願発明における第1シーケンスの信号の変化の頻度である「少なくとも毎分数回」の範囲内と解すべきである。

(4)  この点に関して、原告は、乙第1ないし第3号証刊行物は、審判段階で提出していなかった証拠であり、これを本訴において新たに提出することは許されないと主張する。しかし、前記(1)ないし(3)の認定のごとく、上記乙号各証に基づき当業者の本出願当時における技術常識を認定し、これによって引用例1記載の発明のもつ意義を明らかにした上、引用例1記載の発明と本願発明とを対比することを違法ということはできないし、また、そのための証拠の提出も許されないものではないから、原告の主張は失当である。

(5)  以上のとおり、相違点<1>に関する審決の認定判断に誤りはない。

2  取消事由3について

(1)  引用例2に、<1>放送有料テレビジョンシステムに好適なテレビジョン信号のスクランブル装置として、ビデオ信号の各部分の送信順序を配列替えするようにしたスクランブル装置が提供され(4頁22行ないし31行)、同装置における上記の配列替えは、基本的に、ビデオ信号の連続する部分を記憶し、かつ、その正常な順序以外の順序で記憶済み部分を検索することによって達成される(5頁7行ないし10行)こと、<2>上記配列替えの順序を定める符号は予め定められ、周期的に、例えば毎月変更されると共に、符号自体もその送信前に所定の方法で変更されて暗号化され、この所定の手法は、加入者のデコーダにおいてこれが知られている場合にのみ送信された上記符号を適正に使用できるように、月毎に加入者に連絡されること(8頁13行ないし28行)、<3>一実施例では、アドレス発生器132の制御によるフィールドメモリからの記憶情報の読出が行われ、アドレス発生器132は、例えば、疑似ランダムアドレス順序の開始点がエンコード制御回路112によって制御される疑似ランダム方式で、メモリからの水平ラインの順次の読出を行うものであること(20頁13行ないし20行)、<4>上記の記載<2>でいう「符号自体の暗号化」とは、第8図の図示態様からみて、上記エンコード制御回路112の出力を暗号化して送信するものである旨の記載があることは当事者間に争いがない。上記事実によれば、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の「符号自体の暗号化」をする手段を適用して、第1シーケンスの信号を暗号化する暗号化手段を設けることは、当業者が容易に想到し得たものというべきである。

(2)  もっとも、原告は、引用例2には、第1シーケンスの信号を暗号化する暗号化キーが全加入者に共通であることにつき開示も示唆もないから、頻繁に変化する第1シーケンスの信号を暗号化することが引用例2から明らかであるとはいえないと主張する。しかし、テレビジョン信号等のプログラム信号の暗号化技術において、暗号化に用いられるコード信号をプログラム信号の撹乱に必要な頻度で変更する技術は、本出願当時には当業者の技術常識となっていたことは、前記1(2)の認定のとおりであるから、引用例2についても、第1シーケンスの信号(エンコーダ制御回路112の出力符号)を頻繁に変化させるものもあり得ることは、当業者が認識し得たものというべきであるし、また、その場合に、その暗号化に用いるキー数信号をあえて加入者毎に作成しないことも格別のことではないというほかはない。

ちなみに、前掲甲第5号証によれば、引用例2の第8図のエンコーダ制御回路112は、「VERT.SYNC」から「VERT.SYNC FF 110」を経た入力を受けて符号を出力するものと認められるところ、上記「VERT.SYNC」、「VERT.SYNC FF 110」は、それぞれ「VERTICAL SYNC SIGNAL」、「VERTICAL SYNC FLIP-FLOP」、すなわち、垂直同期信号とこれを受けて出力するフリップフロップ回路と解されるから、当業者において、引用例2のエンコーダ制御回路112は、1秒間に60回発生する垂直同期信号毎に異なる符号を出力し、その結果、上記出力符号は頻繁に変化することもあると解することもあり得るものと認められるところである。

(3)  したがって、相違点<3>に関する審決の認定判断に誤りはない。

3  取消事由2について

(1)  引用例2記載の発明において、配列替えの順序を定める符号は予め定められ、周期的に、例えば毎月変更されると共に、符号自体もその送信前に所定の方法で変更されて暗号化され、この所定の手法は、加入者のデコーダにおいてこれが知られている場合にのみ送信された上記符号を適正に使用できるように、月毎に加入者に連絡されることは前記2(1)のとおりである。そうすると、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の「符号自体の暗号化」をする手段を適用して、第1シーケンスの信号を暗号化する暗号化手段を設けた場合に、上記「符号自体の暗号化」をする手段について、引用例2記載の発明の上記符号と同様に周期的に、例えば毎月変更されるものとすることは、当業者が容易に想到し得たものというべきである。

(2)  もっとも、原告は、引用例2には第2暗号化手段において用いられるキー数信号が周期的に変更されることの開示はなく、引用例1記載の発明には第2暗号化手段自体が存在しないから、本願発明の第2暗号化手段において、第1シーケンスの信号の暗号化に用いられるキー数信号を所定の周期で変更することが示唆されるものではないと主張する。しかし、引用例2には、「配列替えの順序を定める符号」、すなわち、暗号化手段を周期的に変更されることが開示されているところ、これを第2暗号化手段に適用することに、格別の困難があるとは認められないから、原告の主張は採用することができない。

したがって、相違点<2>に関する審決の認定判断に誤りはない。

4  なお、原告は、本願発明の特徴は、頻繁に変化するものである第1シーケンスの信号を暗号化するキー数信号を更に変化させる(変更周期の異なる2つの暗号化キーを使用する)ことで解読を一層困難にしている点にあるとし、このような技術的思想は引用例1、2のいずれにも開示もしくは示唆されておらず、したがって、その効果も当然予測される程度のものとはいえないとするとともに、本願発明においては、このような個々の信号ないし暗号化手段はそれぞれ一定の目的を有し、これらを有機的に結合して安全性及び経済性の高い装置を提供するものであるから、たとえ、個々の信号ないし暗号化手段自体が公知ないし周知であったとしても、その個々の信号ないし暗号化手段の目的が本願発明における目的と同一でない以上、また、かかる信号ないし暗号化手段が本願発明と同様に他の信号ないし暗号化手段と有機的に結合されることが公知ないし周知でない以上、本願発明の構成に想到することはできないと主張する(取消事由3のイ、ウ)。しかし、相違点<1>ないし<3>について、各相違点に係る構成同士の両立を妨げるような事情も認められないのであって、その個々の構成のみならず、本願発明の全体の構成を得ることが容易というべきことは、前記1ないし3の認定のとおりであり、原告主張に係る効果も、その構成から当業者が予測可能なものと認められるから、原告の主張は採用することができない。

5  以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1、2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとして、本願は特許を受けることができないとした審決の認定判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。

第4  結論

よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年6月30日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

理由

Ⅰ 手続きの経緯、本願発明の要旨

本願は1982年11月19日(優先権主張1981年11月19日、米国)を国際出願日とする出願であって、その発明の要旨は、平成7年4月11日付け手続補正書で補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の第1項、第11項、第14項、第17項に記載されたとおりの各通信方式、特許請求の範囲の第9項、第12項、第15項、第18項に記載されたとおりの各送信機、および特許請求の範囲の第10項、第13項、第16項、第20項に記載されたとおりの各受信機にあるものと認められるところ、上記第18項に記載された送信機に関する発明(以下、これを本願発明という)は次のとおりのものである。

「送信機及び受信機を含む通信方式に於いて使用される送信機であって、

プログラム情報を示すプログラム信号を供給するプログラム源(22)、

少なくとも毎分数回変化する第1シーケンスの数を示す第1シーケンスの信号を発生する第1発生器手段(20)、

所定周期で変化するキー数を示すキー数信号を供給するキー数手段(14)、

少なくとも前記プログラム信号を暗号化するために前記第1シーケンスの信号に応答する第1の暗号化手段(18、24)、

暗号化された第1信号シーケンスを供給するために前記キー数信号により前記第1シーケンスの信号を暗号化する第2の暗号化手段(28)、

前記暗号化されたプログラム信号及び前記暗号化された第1信号シーケンスを送信する送信手段(26)とから成る送信機。」

Ⅱ 引用例

これに対して、当審における拒絶の理由で引用した特開昭56-12185号公報〔昭和56年(1981年)2月6日公開、以下これを引用例1という〕および国際公開81/02499号パンフレット(1981年9月3日公開、以下これを引用例2という)には、それぞれ次のとおりの技術内容が記載されている。

(1)引用例1

無線式の有料テレビジョンシステムについて、

<1>テレビジョン信号源TVSから出力される合成テレビジョン信号(以下TV信号という)が、ビデオ・プロセッサVP1とミキサーMとから構成されるエンコーダEに与えられると、上記ビデオプロセッサVP1は、エンコード制御回路ECから出力されるエンコード信号を受けて上記テレビジョン信号を所定のモードに従って暗号化すると共に、上記ミキサーMは、上記ビデオ・プロセッサVP1から出力されるエンコードTV信号に、該信号の受信側での解読データとして機能する、エンコード制御回路ECから出力されるコード信号を付加し、次いで、このコード信号が付加されたエンコードTV信号は、送信機TRを介して送信されること(第2頁右上欄11行~同頁左下欄6行)。

<2>上記エンコード制御回路ECは、具体的には、キーコード設定器K1、エンコード信号発生器EG、コード信号発生器CG、ゲート回路Gを有し、エンコード信号発生器EGは、コード信号発生器CGから出力されるコード信号と、TVプログラムに対応してキーコード設定器K1に予め設定されているキーコードとを受けて、コード信号とキーコードとを照合し、実際に暗号化するエンコード信号の内容を決定すると共に、コード信号発生器CGから出力されるコード信号をゲート回路Gの制御のもとに上記エンコーダEのミキサーMに与えるものであること(第2頁左下欄6~19行)。

(2)引用例2

<1>放送有料テレビジョンシステムに好適なテレビジョン信号のスクランブル装置として、ビデオ信号の各部分の送信順序を配列替えするようにしたスクランブル装置が提供され(第4頁22~31行)、同装置における上記の配列替えは、基本的に、ビデオ信号の連続する部分を記憶し、かつ、その正常な順序以外の順序で記憶済み部分を検索することによって達成される(第5頁7~10行)こと。

<2>上記配列替えの順序を定める符号は予め定められ、周期的に、例えば毎月変更されると共に、符号自体もその送信前に所定の方法で変更されて暗号化され、この所定の手法は、加入者のデコーダにおいてこれが知られている場合にのみ送信された上記符号を適正に使用できるように、月毎に加入者に連絡されること(第8頁13~28行)。<3>一実施例では、アドレス発生器132の制御によるフィールドメモリからの記憶情報の読出が行われ、アドレス発生器132は、例えば、疑似ランダムアドレス順序の開始点がエンコード制御回路112によって制御される疑似ランダム方式で、メモリからの水平ラインの順次の読出を行うものであること(第20頁13~20行)。

<4>上記の記載<2>でいう“符号自体の暗号化”とは、第8図の図示態様からみて、上記エンコード制御回路112の出力を暗号化して送信するものであること。

Ⅲ 一致点、相違点

1、対比

本願発明と引用例1に記載されたものとを対比すると、次のことが認められる。

<1>本願発明は、送信機及び受信機を含む通信方式に於いて使用される送信機に係るものであって、明細書の記載によれば、上記通信方式として、例えば衛星放送による加入者テレビジョン方式を予定しているものであるところ、引用例1記載のものも、前記のとおり、無線式の有料テレビジョンシステムを対象とし、上記システムで使用される送信機を開示するものであるから、この点では本願発明と変わりがない。

<2>本願発明でいう「プログラム情報を示すプログラム信号を供給するプログラム源(22)」は、引用例1記載のものにおける「テレビジョン信号源TVS」に相当する。

<3>本願発明の「第1発生器手段(20)」は、引用例1記載のものにおける「コード信号発生器CG」に相当し、その発生する「第1シーケンスの信号」は、「少なくとも毎分数回変化する第1シーケンスの数を示す」ものである点を別にすれば、上記コード信号発生器CGが発生する「コード信号」に相当するものといえる。

<4>本願発明でいう「キー数手段(14)」と引用例1記載のものにおける「キーコード設定器K1」とは、いずれも暗号化のためのキー信号(暗号解読時のキー信号として別途受信側に知らされる)を供給するキー信号供給手段といえることが明かである。

<5>本願発明でいう「少なくとも前記プログラム信号を暗号化するために前記第1シーケンスの信号に応答する第1の暗号化手段(18、24)」とは、明細書記載の実施例に照らすと、上記プログラム信号の暗号化のために、上記第1シーケンスの信号およびキー信号に応答するものと解し得るところ、引用例1記載のものにおける「エンコード信号発生器EG」と「ビデオプロセッサVP1」もこれと変わりがないものといえる。

<6>本願発明の「送信手段(26)」は、引用例1記載のものにおける「送信機TR」に相当し、これらは、いずれも暗号化されたプログラム信号、及び第1信号シーケンス(暗号化されているか否かは別として)を送信するものである点で変わりがない。

2、一致点

以上の認定<1>~<6>を前提とすると、本願発明と引用例1記載のものとは、いずれも、

「送信機及び受信機を含む通信方式に於いて使用される送信機であって、プログラム情報を示すプログラム信号を供給するプログラム源、第1シーケンスの信号を発生する第1発生器手段、暗号化のキーとなるキー信号を供給するキー信号供給手段、前記プログラム信号を暗号化するために前記第1シーケンスの信号及びキー信号に応答する第1の暗号化手段、前記暗号化されたプログラム信号、及び第1信号シーケンスを送信する送信手段とから成る送信機。」

であるということができ、この点で両者は一致する。

3、相違点

しかして、本願発明と引用例1記載のものとは、次の3点で相違するにすぎないものと認めることができる。

<1>上記第1発生器手段の発生する第1シーケンスの信号が、本願発明では、「少なくとも毎分数回変化する第1シーケンスの数を示す」ものであるのに対し、引用例1記載ものでは、この点についての特定はない点。

<2>上記キー信号供給手段が供給するキー信号が、本願発明では、「所定周期で変化するキー数を示すキー数信号」であるのに対し、引用例1記載のものは、この点を明かにするものではない点。

<3>本願発明では、「暗号化された第1信号シーケンスを供給するために前記キー数信号により第1シーケンスの信号を暗号化する第2の暗号化手段(28)」が設けられ、前記暗号化されたプログラム信号と共に送信される第1信号シーケンスは、上記暗号化手段(28)によって暗号化されたものであるのに対し、引用例1記載のものでは上記暗号化手段(28)に相当する手段は設けられていない点。

Ⅳ 相違点についての判断

1、上記の相違点<1>~<3>について当審は次のとおり判断する。

(1)相違点<1>について

本願発明において、第1シーケンスの信号が、「第1シーケンスの数を示す」ものであることの意義は、第1シーケンスの信号が、プログラム信号を暗号化するもの、すなわち、プログラム信号(例えばテレビジョン信号)に対し暗号化のための順次の変化を与えるものであることからすると、同第1シーケンスの信号が、上記の与えるべき順次の変化を数値により示す暗号化符号であることをいうものと理解されるところ、このようなテレビジョン信号を暗号化するに際しての暗号化符号の使用は、引用例2に開示されている(引用例2の記載<3>に示されるエンコード制御回路112の出力が、暗号化のために与えるべき順次の変化をメモリのアドレス、すなわち数値により示すものであることは明かである)から、このような暗号化符号を、引用例1記載のものにおけるコード信号(第1シーケンスの信号)として適宜採用することは、当業者が容易になし得たことと認められる。

また、上記順次の変化を与える頻度をどのように設定するかは、暗号化の態様に応じて設計上適宜選定さるべき性質のものであり、これを本願発明のように「少なくとも毎分数回変化する」ものとしても、これにより格別顕著な効果が得られているとも認められないから、かかる暗号化のための変化頻度の特定において本願発明が格別のものであるとすることはできない。

(2)相違点<2>について

テレビジョン信号を暗号化して送信するに際し、暗号化のキーとなるキー信号を、機密保持の点から、所定周期で(例えば月1回程度)変更することは周知であり(引用例2記載のものでも、このような変更がなされでいることは、引用例2の前記<2>の記載から明かである)、また、暗号化が、上述のように、数値で示される第1シーケンスの信号により行われる場合、暗号化のキーとなるキー信号も数値で示される信号(キー数を示すキー数信号)とすることは、数値で示される第1シーケンスの信号を用いる場合における一設計態様として当業者が適宜なし得たことと認められる。

したがって、本願発明が、上記のキー信号について、これを「所定周期で変化するキー数を示すキー数信号」としている点で格別のものであるとすることはできない。

(3)相違点<3>について

引用例1記載のものにおいて、適宜、本願発明のように、第1シーケンスの信号(コード信号)自体を暗号化する第2の暗号化手段を設け、暗号化されたプログラム信号と共に送信される第1シーケンスの信号も暗号化されたもの(暗号化された第1信号シーケンス)となし得ることは、引用例2の前記<2>、<3>の記載、および第8図の図示態様(上記第1シーケンスの信号に相当するものであることが明かなエンコーダ制御回路112の出力符号自体を暗号化して送信することが示されている)から当業者には明かであり、またその場合、受信側で第1シーケンスの信号を解読するための解読キーが必要となることは当然であるところ、引用例1記載のものでは、前述のとおり、暗号化プログラム信号を解読するためのキー信号が別途受信側に知らされているのであるから、第1シーケンスの信号の受信側での解読の便を考慮し、このキー信号(これを上記のようなキー数を示すものとした場合にはキー数信号)による第1シーケンスの信号の暗号化をなすことは、引用例1記載のものの第1シーケンスの信号を暗号化する場合における一暗号化態様として、当業者が容易に想到、実施し得たことというべきである。

2、以上のように、本願発明における上記相違点<1>~<3>に係る構成の採用は、当業者が設計上適宜なし得たこと、あるいは容易に想到し得た程度のことであり、また本願発明の効果についてみても、上記構成の操用に伴って予測される範囲内のものにすぎず、格別顕著なものがあるとは認められない。

Ⅴ むすび

以上のとおりであるがら、本願発明(特許請求の範囲第18項記載の発明)は、引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、したがって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

それ故、本願は、他の特許請求の範囲に記載された発明について検討するまでもなく、原査定の通り拒絶さるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

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